桃栗三年我何年

よしなしごとの綴り

髪結いの亭主

映画『髪結いの亭主』を見ました。

 

映画の詳細はネットで見れるので割愛しますが、簡単に言うと

小さな頃に理容室の女性に恋心を抱き、

髪結いの亭主となる事を夢見てきた男性が

夢を叶えて髪結いの亭主となった日々の物語です。

 

これ以降はネタバレとなる為、まだ見ていない方は避けてください。

 

 

 

結局のところ、主人公は自分の夢しか見ていなかったという事なんですよね。

自分の見たいことしか見ていない。

自分の都合の良いことしか見ない。

初恋の女性の場合、その豊満な体に憧れた。

優しく髪を洗ってもらい、柔らかい胸を頬に当ててくれる女性。

だけど、その女性と色々と話をしてその内面を知ろうなどとはしていない。

なぜ鎮痛剤を多量に飲んで亡くなってしまったのだろう。

そんな事は語られません。

チルダの場合もそうです。

チルダの事を、気持ちよいことを好み深刻に考えない女性だ、と語っているのですが

チルダは全く逆の女性だったわけです。

あなたの愛が無くなるのが怖い、と書き残していました。

何故マチルダは自殺したのか。

私は、彼女は愛する彼の望む女性を演じていたのではないかと思うのです。

もしかしたら子供が欲しかったかもしれません。

もしかしたら理容師を辞めたかったのかもしれません。

彼女に家族がいない事について何も言及されていませんが、おそらく主人公は詳しく聞いていないのでしょう。そんな事に興味ありませんから。

主人公にとっては、マチルダが美しく豊満な身体を備えた髪結いであることが大切なのです。

 

だけど生活を積み重ねていくうちにマチルダは感じたのではないかなと。

主人公の自分への愛は、髪結いである女性への愛であって、その奥にある自分自信など見ていないと。

そのことが、感じるだけではなく確信に変わってしまう前に、

主人公の愛をただ純粋に受け止めていられる今のままで時を止めておきたかったのではないか、と私は思いました。

 

主人公は、マチルダが亡くなったことすら受け止めません。

理容室にお客さんが来ても、妻がもうすぐ帰ってきますからと伝えます。

自分の見たいことしか見ないという彼の生き方はすぐには変えられないのです。ずっとそうやって生きてきたのですから。

自分の生き方を見つめ直す機会を彼は活かせるのか。

また新たな髪結いを見つけるならば同じことの繰り返し。

だけど人間、そう変わることは出来ないかもしれないですね。

だけど人間、気付くことさえ出来れば変わったも同然かもしれないです。

でも、気付かない人生もまたその人にとっては幸せかもせれないですね。